ホワイトバルーンクリスマス
しばらくは、いたって平和な日々だった。
時間差部屋篭り作戦は功を成していた。
そして私はやっとオーストラリアに来て楽しいなと思える時を過ごしていた。
数週間が過ぎ、クリスマスを控えたある日のことだった。
友達と別れ、駅で電車を待っている学校の帰り道、電話が鳴った。
電話の主は、、、察しの通り、奴である。
出なければいいものを、私は電話に出てしまったのだ。
所詮電話に出なくても家で顔を合わせたら理由を問われそうだし、気まずくなるのも嫌だったし、波風立てずに暮らしたかったのだ。
この頃、実は部屋探しもゆるくしていたのだが、中々条件の合う部屋も見つからなかった。
比べれば比べるほど今住んでいる家が家賃面も部屋の広さでも利便性でも好条件であったのが明らかだったのだ。
ケ「どこにいるの?」
そもそも彼氏でもないのに毎回居場所を聞いてくるのもおかしい。
私「〇〇駅で電車待ってるところです。あ、でももう電車くるんでじゃあ。」
なんで答えたんだよ私。とっさに嘘がつけずに機転が利かない自分が憎い。
ケ「僕も今近くにいるから、✖️✖️の前で待ってて。」
私「はっ?なんで私はあなたを待たないといけないんですか」
ケ「いいから、君は僕を待たないといけないんだよ!じゃあね。」
ツゥーツゥーツゥー…電話を一方的に切られてしまった。
帰ってしまおうかと思ったが、後が怖いなという気持ちがあり、しょうがなく指定された場所に行ったのだ。
10分ほど待たされもう帰ろうと思ったその時、奴は現れた。
手には、白い風船。メリークリスマスと書かれている。
ケ「お待たせ、待った?はい、これ。すれ違いざまに若い女の子たちが羨ましそうにみられたんだよ」
私「………え………いりません。それは羨ましいんではなくて、ちょっとおかしいって思って見たんだと思うけどな」
ケ「はいっ」風船を満面の笑みで差し出し続けるケビン。
ちなみにこの風船はデパートで子供向けに無料で配られていたものだ、デパート名もしっかり入っている。
私「だから、いらないって。その風船持って歩くの変だし恥ずかしいだけだし。それに本当にいらない」
ケ「はいっ」差し出し続ける。
このやり取りを3回ほど繰り返し、しまいには無理やり風船を持たされた。
そして次の瞬間、ケビンは「はいっ」と言いて今度は手を差し出してきた。
はっっっ????その手は……手をつなごうの手なの?!
私はその手に迷いなくデパート名の入った風船を返した。
私の普段とは違うちょっとイラついている様子を察したケビンは
「どうする、家帰る?それともどっかいく?」と聞いてきた。
待たせといてまたこのやり取りかよ、何なんだよこいつ。
私「帰ります。もう家に帰りたいから」
ケ「わかった、じゃあピザ食べに行く?そうしよう。すぐ近くだから」
全く噛み合わない。
半ば無理やりイタリアン街の路地裏の看板のないレストランに連れて行かれた。
家に帰る選択をしても、行き先は一緒だし奴も付いてくるだろうから、だったら公共の場にいた方がまだ安心な気もしたのだ。
中は混んでいたがすぐに席に通された。風船は奴が入店時に赤ちゃん連れにあげていた。
不快感で震えが止まらないので、とりあえず友達に居場所と状況を連絡した。
ケビンは咳払いをして、「オーダーするけどいい?」とメールを打つ私を不快そうに見て言った。
ピザは2種類だった、1つは何だったか全く覚えてないが、もう一つにはスモークサーモンとイクラが乗っていた。
「前にイクラが食べたいって言ってたでしょう?」
確かに言ったような気もする、いくらの醤油漬けと米が猛烈に食べたかった日があった。
「僕はこの街で美味しいと思うイタリアンレストランが2つあるんだけど、ピザはここのが1番で誰にも紹介したことない秘密の場所なんだ。だから、君も誰にも話しちゃダメだよ、もし君がここにくるときは僕とだけだよ」
もしこれが好きな人や気になる人だったら、覚えててくれてありがとうなはずだし、秘密の共有は親密へのステップアップで特別扱い感。嬉しいはずだ。
だが、これが全く1ミリもその気もない人、何ならちょっと不快感を持っている人からだと、どうだろうか。
逆転満塁ホームランはあり得ない。
ただただ怖いという気持ちとともに冗談抜きで本当に鳥肌が立ってしまったのだ。
借りをこれ以上作ると、見返りを求められる気がして、「ピザ代は払います」と私は申し出た。
ケ「いや、ここは僕が払うから、この後カフェ行ってその代金代わりに払ってくれればいいよ」
えっ…カフェも行くの…これから?
家に帰ってもまだこの時間は誰も帰ってきていない = ケビンと二人きり
駅の近くのフードコートのカフェでコーヒーを買って座ることにした。
友達には逐一状況報告していた。
ちょっと携帯に目を通すと「ねえねえ」と、話しかけてくる。
私がレストランから口数が少ないのも態度が違うのを察してやたらと絡もうとしてくる。
食事をご馳走になった手前何も喋らないのはやはり失礼だなと思い、当たり障りのない程度に話をし、1時間半ほど粘られた。
すっかり夕方になって日も陰り始めていたので帰りたいと言ったらようやく帰ることになった。と言っても家が同じなので、隣に座られ30分近く電車に揺られた。
最寄りの駅でどうにか離れたいと思い、スーパーに寄ると私は伝えて別れようとした。
ケ「僕もちょうど買うものがあったんだった」
付いてきてしまった。
スーパーの中で撒いて去ろうと試みたがあっさり見つかってしまった。
スーパーから出てきて、奴は私の脇腹を突然ちょっかいを出すように掴んできた。
ドン引きである。
「や、やめてください」強く叫んだつもりだが、あまりの不意打ちにちょっと力が抜けてしまい、じゃれ合っていると捉えられたのか、もう一度やろうとしてきたので「本当にやめて」と言ったらやめた。
けど頭を触ってこようとしたりしたので、懲りたわけではない。
無言で家までの道のりを歩いていると、突然
「こっちの道だよ。確か今日からのはずだから」
まっすぐのはずの道を右折させられた。
早くこの場から逃げたいのに恐怖で足がすくんで逆らえない。
右折した角の家には門、庭先から家まで派手にクリスマスのデコレーションされた家があった。
「これを見せたかったの。綺麗でしょ」
おばあさんが家から出てきて、手作りのチョコレートをくれた。自慢のイルミネーションを観に来た訪問者に配っているらしい。
「後で二人で半分こずつして食べますね」
キレイかどうかなんてもうどうでもいいから早くその場から離れて他の人と話がしたい。
その後、家まで無言で早足で帰った。
ドアを開けた瞬間にアリーがびっくりした表情で私たちを交互に見た。
アリーはとっさに状況を飲んだのかケビンと話はじめてくれた。
その間に、私はアリーの目を一瞬見つめて部屋に走って鍵を閉めた。
「大丈夫?何が合ったの?もし話したかったら部屋に行くよ」
察したアリーがメールを送ってきてくれた。彼女は私の天使だ。