多文化多民族の国で暮らし学ぶこと
私は日本にいる頃ニュースはテレビやネットで観ていたけれど、
例えば、海外の高位な人が亡くなったとか、大統領が変わったりだとか、
特に市民が立ち上がってデモをするニュースは大変だなと思うけれど、
どこか現実味のない遠い自分とは縁のない話のような気がしていた。
それはたぶん、私の感受性があまり豊かではなかったせいかもしれないし、
自分のいる世界とかけ離れていて実際訴えている人達の気持ちを想像できなかったからだ。
だけど、オーストラリアに来てから少しだけ見え方が変わった。
この国は自分も含め色々な国のバックグラウンドを持つ人や留学生がたくさんで、
そうすると名前だけしか聞いたことがなかった国や、
記憶の彼方で聞いたことのあるような国の人と知り合ったり、
クラスメイトになったり出会ったりし、
その国の本人たちからメディアを通していない"現場"のことを教えてもらう機会が増えた。
”現場”、あの有名なドラマのセリフでは事件は会議室ではなく現場で起きている、と。
私がなぜこの言葉を使うかというと、テレビやネットのニュースで報道されている情報との誤差があるとを知った出来事があったからだ。
ある日、ある国出身のクラスメイト達がとても険しい、そして悲しそうな顔で授業に現れた。
私もその国のデモのニュースは日本のネットニュースで朝に読んでいた、
確か過激派デモ隊がデパートや商店に火をつけ警察と衝突した、と言った内容だった。
だが、彼らの話す内容とそれはほぼ真逆の話だった。
私が読んだ記事ではデモ隊が悪の原因のように書かれていた。
実際は、国の偉い人が資源を海外に売りまくり自分たちは裕福だが、
資源や年金を供給されない国の人々は貧困が加速、その上さらに公共機関の値上げだ。
彼女達の話では、多くのお年寄りが年金もほとんど出ず、家族の重荷になってしまうからと言って自ら命を経ってしまっていると。
それによって人々が怒り引き起こされたデモだったが、国(=警察)とテレビ局が癒着しておりデモ隊が悪者になるようにニュースが歪曲されて流されている、という事実を教えてくれた。
(本当は、もっといろんなこと聞いたけど、ちょっとここに書けない内容で...聞いていてとても怖く、悲しくなった)
確かにデモ隊の一部がデパートやお店などを攻撃し破壊するのは正しいことではないし、本来の趣旨と違うのじゃないかなと私は思う。
けどデモをしている人みんなが、破壊行為をしている訳ではないし、
そもそも本来のデモの目的と違う。
私の友達たちの願いは、ただこの事実を、本当の問題点を知って欲しい。
そして友達や家族にもぜひこのことをシェアして欲しいと。
メディアのニュースは鵜呑みにしないで、と。
(この時期、このクラスメイト達以外の同じ国出身の人達も同様にSNSで訴えていたから一部の人達だけの意見ではなくこの国の国民達多くの叫びなんだなと私は感じた)
きっと私は、彼らにもし出会っていなかったらこんな背景があることも知らずに、
このニュースは流し読みした記事の一つとして過ぎ去っていただろう。
ニュース、特に自分の身近で起きていないことの情報は自分のところまでそのまんまの詳細で届くことは難しいと思う、ましてや海外のニュースだと尚更だと思う。
最近のニュースのタイトルなどはたった一部の言葉を切り取って載せ、内容を読んでみるとタイトルとはかけ離れた内容だったりタイトルで悪者を作り上げていたりしているように感じる時がある。
確かにタイトルでつられて読むというところで、メディアの策に私もまんまと嵌っている一人ではあるけれど...
だけど、大切なことは話の根底にある本質をちゃんと汲み取ることなんじゃないかなと。
その意見や行動に賛同するかしないかはその人それぞれ考えが違うのは当たり前だ。
ただまずは、前よりも一歩踏み込んでの”興味を持つ”こと、何か引っかかりを見つけること、
興味を持ったら、もしかしたらもっと詳しく知りたいなと思うかもしれないし。
私の場合は、周りにいろんな国の人たちがいるから知る機会が増えたっていうのが大きいし、
ましてや大切な友達や身近な人達の国だったらニュースでも目に止まりやすい。
私も人種差別されたことだってあるからそう言った内容にも目が行くようになる。
じゃあそこから、自分がどう感じどう考えるのかということ、
自分自身や自分の生まれ故郷を含めより客観的に見て物事を考えたり、
何よりも意見を述べたりできるようになったのは、
この国に来てからの私にとって大きな実りの一つだなと思っている。